函館地方裁判所 昭和44年(ワ)42号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕右認定の各事実によれば、原告と工藤とは婚姻の届出こそはしていないが、昭和三一年ころからはいわゆる内縁の夫婦として社会生活をしてきたことは明らかである。もつとも、工藤は昭和四一年八月ころから死亡までの約一年半の間函館に滞在して原告と別居していたのであるけれども、前記認定のような工藤の函館での生活状況、原告との連絡状況、工藤の死亡後の原告の態度に照らせば、原告と工藤とは本件事故当時においてもなおいわゆる内縁の夫婦であつたと認めるのが相当である。<中略>
原告の弁護士費用を除いた損害は、右1および2の合計金二二九万〇、六二〇円となる。
ところで、工藤の実子でありその唯一の相続人である杉野修一が昭和四三年七月ころ工藤の死亡による自賠責保険損害賠償金として金三〇四万四、八二五円を受領したことは、当事者間に争いがない。
被告は、原告が本訴で請求している損害賠償は右金員の中から満足を得べきものであると主張するので、この点について検討する。
右自賠責保険損害賠償金の請求にあたつては、訴外井上政富が原告および杉野修一の依頼を受けて杉野修一の代理人として請求し、杉野修一が受領した金員は原告と杉野修一が話合いのうえ分配したことが認められる。このような場合には、杉野修一は工藤の死亡により損害を受けた原告および杉野修一の両者の代表として損害金の請求をし、これを受領したものと解するのが相当である。したがつて杉野修一の受領した損害金は原告および杉野修一の両者に対する弁済としての効力を有するものである。
(新海順次 今井功 久保真人)